【東方二次小説】雪月花秘封倶楽部

昨日も書いたとおり、創想話に短編小説を上げました
自作の創作物を公開したのは生まれて初めてだったのですが、予想以上に多くの反応をいただけて嬉しい限りです(反省点もありますが……)。

創想話から自ブログに転載するのは規約上問題ないようなので、せっかくだからこっちにも上げておきます。
あとがきにも書きましたが儚月抄がテーマです。ある意味。どんな意味だ。




雪月花秘封倶楽部


今から一時間以内に指定するバス停に来るべし、という蓮子からの連絡を受けたマエリベリー・ハーンは、はぁと小さなため息をつくと外出の準備を始めた。
三月下旬。
人間社会における一つのサイクルが終わり、また新たな一年が始まろうという春先の、とある日の午後のことである。
メリーは蓮子が何を企んでいるのか全く知らない。知らないが、どうせまた何か良からぬことでも思いついたのだろう。まったく、他人の都合を全く考えない自分勝手な言いつけである。いっそのこと、すっぽかしてやろうか。
それでも蓮子の企みに対する興味は捨てきれず、メリーは言われた場所にきっかり一時間後にやって来たのだった。
「おまたせ」
五分後に現れた蓮子が、悪びれもせず言う。
「遅いわよ、蓮子。人を呼び出しておきながら……」
「時間ぴったりよ。ほら、ちょうどバスが来た」
「バス?」
「あれに乗るの」
ろくに説明しないまま、蓮子はバスに乗り込んだ。メリーも渋々あとに続く。どこまで行くのか知らないが、料金は電子カードでの月末払いなので問題ない。
バスの扉が閉まり、ゆっくりと加速していく。乗客は二人だけだ。
「ねぇ、蓮子。いい加減どこに向かってるのか説明してくれないかしら」
メリーが隣の席に座る蓮子に聞く。だが、蓮子は「そう慌てないの。旅は長いわよ」と、けろっとした表情で言った。
「旅?」
「そっ。信州行きよ」
二人が乗っているのは京都発、信州行きの高速バスだった。
「なんだって急に……なんにも準備してないわよ」
「大丈夫よ。着替えなら旅館に浴衣でもあるでしょうし」
「ちょっと待ってよ。泊まりなの?」
「突然だったのは悪かったわ。でも、私もほんの一時間前に知ったばかりだったから連絡する間がなくて」
「知った? なにを?」
「秘密。着いたらわかるわ」
「もうっ、相変わらず自分勝手なんだから」
メリーは呆れてバスの外の風景に目を移した。
京都の街並みは遷都以降高度に発展していったが、それでもこの時期の桜の名所は毎年多くの花見客で賑わう。いまは街のどこを歩いても桜の花びらが地面を埋め尽くしている。
なぜこの国の人たちは桜の花をここまで特別視するのだろうか。
桜の花は開花期間が非常に短く、一、二週間ほどで散ってしまう。花見には少し不都合な品種だ。害虫だってよく付くし、世話のやける植物である。
だが、それゆえに桜は国花となった。桜の散る姿に儚さを感じ取るのは昔からの日本人の性である。

現在のバス、というより自動車はすべて自動運転である。年中無休、夜行バスでも決して事故など起こさない。騒音や揺れもほとんどなく、長い道中でも快適に利用することができる。自動車の利用率は年々減少しているが、その分格安で利用することができるので学生が旅行するにはうってつけである。
「信州の観光スポットっていったらなにかしら」
メリーが窓枠に肘をつきながらぽんやりと言った。どうやらずっと考えていたらしい。
「善光寺はどう? あそこは七年に一度しか御開帳しないことで有名なの。昔、ちょうどその御開帳の真っ最中に地震が起きて柱がねじれたのよ」
「ふぅん。もしかして、その七年に一度が今日?」
「まさか。外れよ」
「じゃあ温泉?」
「それもいいわね。泊まるならやっぱり温泉宿がいいわ。でも、それが目的じゃないの」
蓮子はメリーをからかうように笑った。彼女は自分の知っていることを人にもったいぶって話すのが好きなのだ。
「信州ってほかに何かあったかしら……」
「諏訪大社とか戸隠神社とかあるじゃない。ま、そのあたりを巡るのはまた今度にしましょう。はっきり言ってしまうとね、桜を見に行くのよ」
「桜〜? そんなの、京都の方がもっといい桜がたくさん見られるじゃない」
「いつもならね。でも今日は特別よ。見てなさい。そのうち風景が変わってくるから」
バスは高速で走り続ける。事故の心配のない自動運転では制限速度は存在しない。時速百五十キロ以上のスピードで走る大型バスは、見る者に根源的な恐怖を与える。たとえ自殺志願者がぶつかっても、乗っている人は気づきもしないだろう。
メリーは流れる風景に飽きて目を閉じ、背もたれに深くもたれかかった。昨日は夜遅くまで本を読んでいたせいで少し寝不足だったのだ。
瞼の裏を幻想の桜吹雪が舞い散る。桜、桜、桜。また桜だ。散らそうとしても目に焼き付いてなかなか消えない。なぜこの国の人はこんなに桜が好きなのだろう。単にお酒を呑む口実が欲しいだけか。
そんなことを考えながら、メリーは夢の中へと吸い込まれていった。


……懐かしい風景だ。
とても古臭く、とても日本的な。
故郷? そんなはずはない。でもなぜか、そうとしか思えなかった。
魂が震えている。原初の記憶にも似た、叫びたくなるような懐かしさ。
見たこともない紫色の桜が文字通り咲き狂っている。ここまで荘厳かつ幽遠な桜を見て、心を奪われない者などいるだろうか……。
たとえそれが、危ういものだとわかっていても。


「メリー、メリー! 到着よ!」
蓮子の声にメリーは飛び起きた。どのくらい眠っていたのかもわからないほど、深い眠りについていたようだ。
「うぅん、案外早かったわね」
「眠れば時間が飛ぶのだからメリーは早く感じたでしょうね。私はずっと退屈してたわ。さ、早く降りましょう」
そうして、蓮子と一緒にバスを降りたメリーは、眼前に広がる光景に目を見開いた。
「……すごい雪ね」
そう、雪国だった。それも大雪である。うっすらと見える山稜から地平線の彼方まで、すべてが白に染まっている。いまも空からこんこんと降り続けている。
「寝てる間に冬に戻っちゃったのかしら」
「いいえ、いまは間違いなく春よ。もともと信州は豪雪地帯だけど、この時期にここまで降るのはさすがに珍しいわね。今日ニュースで見たの。たまたま」
「……ああ、そういうこと。ようやく蓮子の狙いがわかったわ」
桜を見に来た。それもこの雪の中、つまり――

「雪桜を見ようってわけね」


「八時四十分。夜桜鑑賞には最適の時間ね」
蓮子が夜空を見上げながら呟く。雪はいまもはらはらと降っているが、雲の切れ目からは星がまたたいている。
「こんなにいい宿がとれてラッキーだったわね。露天風呂から雪桜を鑑賞できるなんて最高だわ」
「蓮子はいつも行き当たりばったりね。でもほんとにそう。こんなにいいものが見られるとは思わなかったわ」
蓮子とメリーの二人は露天風呂に浸かりながら、雪と桜が織りなす圧倒的な光景に酔いしれていた。もちろん、お酒を楽しみながらである。
蓮子は熱燗をぐびぐび呑んで顔を真っ赤にしながらしんみりと言った。
「風流ねぇ。雪と桜が重なれば二倍風流だわ」
「風流なものと風流なものを合わせるともっと風流になるんだから、風流って単純なのね」
「雨と月が組み合わさっても風流になるものね」
空には大きな満月が浮かんでいる。濃い狂気の光は雪面で反射し、地上を妖しく照らしだしていた。その天然のライトアップのおかげで、夜でも桜がよく見える。
「雪月花。この国が誇る美しい自然を全て同時に見られるなんてこの世で一番の贅沢ね」
「この世以外では違うのかしら」
「死んでもこうしてお花見したいねぇ」
蓮子はずいぶん陽気だった。突発的な無計画行軍が大成功したことを喜んでいるのかもしれない。
メリーはお猪口に口をつけ、ゆっくりと飲み干した。
「ほんと、きれいね――この世の光景とは思えないくらい」
降りしきる雪。
舞い散る桜吹雪。
強い光を放つ大きな月。
あまりにも幻想的すぎて現実味のない光景に、メリーは強烈な死の匂いを感じた。
「あんまり豪華すぎて……なんだか不気味。蓮子もそう思わない? ……蓮子?」

「う~、大失態だわ……」
蓮子が苦々しく呻く。メリーは正座して蓮子の頭を膝の上にのせながらうちわで仰いでやっていた。二人とも浴衣だ。
「蓮子ってほんと、頭はいいのにバカね。温泉でのぼせるなんて。あんなにお酒呑むからよ」
「も~、ちょっと気分がよくなって呑み過ぎただけよ」
「はいはい。でも、湯船に浸かりながら熱燗呑むのはほんとに死にかねないから、これからは気をつけてね。まぁ、もし死んでもこんなに美しい雪月花の中でなら本望でしょ? 桜の下に埋めてあげるわよ」
「遠慮するわ。私にはまだまだ知りたいことがたくさんあるからね」
蓮子はふぅ、と一息ついて、
「西行が死にたい死にたいって言ってたのもちょうど今日かしら」
「そうね。そんな自殺志願者みたいな言い方じゃなかったと思うけれど。『願はくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月の頃』桜の咲く季節の満月の日だものね」
旧暦のこの日、釈迦の命日と一日違いで西行法師は息絶えた。望みどおりの最期は多くの人を感動させ、後世に多大な影響を与えたという。
もっとも、それは結果として一本の妖怪桜を生むことにもなったのだが……。
「蓮子はどんな風に死にたい?」
「だから死にたくないってば」
不遜に笑う蓮子は、確かにまだまだ死にそうにない。
メリーは考える。自分はどんな風に死を迎えるのだろうと。
人間はいつか死ぬ。いつ、どこで死ぬかは誰にも分からない。
だが、だからこそ、もしも自分の望みどおりの死に方ができたのなら、それは最高の人生となるだろう。
桜は散るからこそ美しい。人は、死ぬからこそ美しい。
だからこそ、人間らしく生きて人間らしく死んだ西行の生き様に、人は大いに感動するのだろう。

翌朝。
すっかり恢復した蓮子とメリーは午前中近くを散策したあと、午後のバスで京都へ帰ることになった。蓮子はバスの中で桜餅を食べながら満足げに、
「いやぁ、いい旅になったわね。また来たいわ」
「そうね。何もないところだけど」
メリーも首肯する。それから、わざとらしく思い出したように
「蓮子の醜態もばっちり保存することができたからね」
「ちょっと待って……。いつの間に撮ったの?」
「ふふ、秘密よ。これは今後の教訓のために大事にとっておくわ」
「えぇっと、メリーさん? ちょっと見せてもらえませ、ん、かっ!」
「おっと。奪おうったってそうはいかないわよ。うふふ、帰ったら何おごってもらおうかしら」
蓮子とメリーは仲良くじゃれあいながら信州をあとにした。
昨日の雪が嘘のように、太陽は強く照り雪の中に蓄えられた月の光を浄化していった。このまま日の力が強まっていけば、地面を覆う雪はすべて溶け出して桜の花びらと一緒に洗い流されていくだろう。そこからまた、新たな命が芽吹く。
これから始まる新たな一年が、秘封倶楽部にとってより刺激的で楽しいものになることをメリーは心の中で予感した。
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テーマ:東方 - ジャンル:サブカル

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