【1月14日の記録】

【イベント情報】
博麗神社例大祭 in 台湾の公式サイトがオープン
生放送でも言われていましたが、開催は2015年6月6日(土)。
あとは、台湾の同人イベント団体が協力に入っているみたいですね。

東方名華祭 - 1次申込サークルリスト公開

東方紅楼夢公式Web 第11回開催向けにリニューアル

【ニュース】
NHK『知られざるコミケの世界』漫画家先生の感想 - Togetterまとめ
光のコミケってなんぞ? NHK特番「知られざるコミケの世界」の反響を考える - エキレビ!(1/4)
私は見てなかったですが、概ね好評だったようですね。光が強すぎて逆に闇を発生させてしまったみたいですが……。
関連:☆やったああああ! NHK特番「知られざるコミケの世界」早くも再放送が決定 18日午前3時から - ねとらぼ

萌える「アニメ聖地巡礼」……“ムキ出し”まちおこしにファン猛反発、「対話」こそ成功の秘訣 (1/4) - ITmedia ニュース

艦これアニメを叩いている謎の組織「弓道警察」の真相 まとめ - Togetterまとめ
この件については反応したら負けだと思いつつ、やたらと考えてこんで時間を消費してしまったのでもう思ったこと全部書く(追記部分へ)。




一つ目、作品を見るうえで誰がどんな意見を言おうがそれは言う人の自由だし、もちろんそれに対して反論するのも自由。極論、「理由は分からないが気持ち悪い」という感想だって書くのは自由である。どちらかが正義を押し付けない限り。
「こういうやり方が正しい」と指摘するのはあるいは押し付けに見えるかもしれないが、それだけなら自由意見の範疇だと思う。書き方次第だが。それに、描写のリアリティはそのまま見る人の作品に対する没入感に直結するので、大多数の人にとっては気にならないことでも、専門知識のある人が見たときにリアルと違うと批判することはそこまでおかしなことでもないと思う。

二つ目、フィクションだから細かいこと言うなという意見が見られたけど、自分はこの意見にはあまり賛同しない。演出や脚本上の都合とリアルが競合した場合、嘘を描くことはよくあることだと思うが、「神は細部に宿る」というように細かい部分にこだわることでこそ生まれる面白さというものはいくらでもあると思う。要は、その描写が(かっこよく見せるなどの)目的に沿っているか、それとも無知から来ているかの違いで、後者の場合はツッコミが入っても仕方ない。逆に、自分の詳しい分野について非常に正確に描写されていたら「すごい!」と褒めることもあると思う。この二つは表裏の関係でしかない。
この件が作品の都合として『敢えて』リアリティを捨てたのかどうかは自分には判断が付かないが、フィクションがリアルと違っていても全然構わないみたいな意見には同意しかねる。

三つ目、この件で最も罪を負っているのは間違いなく「弓道警察」という単語を作り、広め、弄んだ人たちだと思う。それは、作品に対する正常な議論ではなく、レッテル貼り、人格攻撃だから。繰り返しになるけど、作品に対する感想なんて人それぞれ自由に言えばいいと思う。それに対して同調圧力みたいなものがかかる方がよっぽど気持ち悪いし、暴力的だとすら思う。

四つ目、とはいえ、少し前にも書いた「いまのネット上で荒らしたりするアンチはほとんどが荒らしたいだけの偽物」という話にも繋がるけど、「弓道警察」とかネタにしていた人たちが実際艦これファンばかりだったかというのは微妙な話ではある。Twitterなどで見た印象として言うと、こういうことをネタにしたがる人というのは作品に対する信仰度合い(?)はあまり関係なくて、個々人の人格に依るところが大きいと思う。なので、「弓道警察」を馬鹿にしていた人のなかには艦これ大好きな人もいれば、そこまで深いファンというわけでもないが便乗していた人もいたと思う。
もちろん、ただ火を注ぎまくっただけの人(サイト)も。

五つ目、今回の件でつくづく怖いと思ったのは、やっている人たちには本当に自覚がないんだろうなということだった。そして、『それは今も続いている』。
自分が、自分のブログにこんなこと書くのは自分のブログを読んでいる人に向けて書いているからなので、そういう人たちに考えてほしくて書いている。

今回の件はたまたま大きな話題になったけど、「存在しない対象に対して憎しみを募らせる」という行為はいまの掲示板やTwitterでは日常的にあることだと思っている。ジャンルや立場は関係なく。

それで、もう直接的に書いてしまうが、東方警察とか弓道警察とかいうことには怒りながら艦これのファンに対しては平気でレッテル貼りをするという人が自分のタイムラインに何人も見られたのが本当に、心底嫌だった。それがなかったらこの件についても中身の空っぽなまとめと煽りの騒動として適当に見ていたかもしれない。

結局のところ、そういう集団に対するレッテル貼りと叩きを行う人は自覚がないのだ。だからこんな矛盾したことを平気で言える。
それに対して「相手が先にレッテル貼りをしてきたのだ」とか「自分の言ってることは正しい」とか言う人がいるのかもしれないが、そういう意見こそが相手の集団を一括りにしてレッテルを貼っているということなのだと何故わからないのだろう。集団に対する多様性を認めず、画一的な見方をしようとすることこそが。

「自分がやられて嫌なことは人にしてはいけません」などという幼稚園のしつけみたいなことを言うのは馬鹿らしいが、他人が自分の好きなものを貶すことには怒っても、自分は平気で他人の好きなものを貶して、それが許されるとでも思っているのだろうか。だけど、そういう人たちこそがこういう騒動の中心人物なのだろう。

東方警察に対して怒って、艦これファンを一括りで馬鹿にしているところで、ベクトルが違うだけでやっていることは一緒なのだから、何時自分が、或いは自分の好きなものが同じレッテル貼りの対象にされるかわかったものではない。
だから、私はそういう人たちを心底怖いと感じるし、関わりたくもない。

「仮想敵をつくる」という行為は一人歩きを始めれば、その憎悪や怨念はどこまでも増幅していく。
だが、それは決して他人事ではなく自分だって同じことをするかもしれない。だからこそ実態のない幻想を攻撃しようとしていないか、ただ叩く標的を探しているだけじゃないかと、自分の心理に常に疑いを持っておくべきだ。
そういう自覚がなく、平気でレッテル貼りをする人を、私は自分の視界に入れたくないし……同じ人種だとすら思わない。


……夜中に書き始めたはずなのになんかもう気付いたら朝だしめんどくさい話題だし公開したくないなーと思いつつ、でも思ったのは事実だからこのブログにはやはりしっかり書き残しておきたいと思う。
私の基本スタンスは嫌いなものは無視なんだけどなー。
おわり。
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